自然の猛威
「もう当分の間、山には登りたくないな」
「それならラッキーだな。喜べ、レイン。この雪原は真っ直ぐ進むだけだ」
ラスウェルはうんざりした様子のレインにそう言うと、目の前に広がる真っ白な荒野、ランゼルト雪原の先に視線をやった。
「真っ直ぐって言っても雪原だろ。俺、寒いの苦手なんだけど」
レインは両肩をさすりながらそう言った。
「私は寒いの好きだよ! 暑いのも大好き! 涼しいの大好きだし! 暖かいのも大好き!」
フィーナはそう言って笑顔を二人に向けた。
「つまり、一年中、大好きってことだな」
「うん! そうなるね!」
嬉しそうにそう言うフィーナを見てラスウェルは、またフィーナを見習え、とレインに言いそうになるのをぐっとこらえた。
「よし。それじゃ雪原を抜けるとするか」
ラスウェルがそう言うと、レインは渋々、フィーナは楽しそうに雪道を歩き始めた。
「雪ってすごいね! きゃっ、冷たい!」
「おい、あまりはしゃぐな」
しゃがみ込んで雪をすくい始めたフィーナ。ラスウェルはモンスターに警戒しながらそう言って注意をうながした。
「レイン! ラスウェル! 雪を丸めて2人にぶつけていい!?」
「雪合戦ならモンスターを倒してからにしてくれ......」
ラスウェルは案の定襲ってきたモンスターを倒しながら、雪に夢中になっているフィーナに言った。
「わぁ、雪が降ってきたよ。すごいきれい」
「いかんな。吹雪くと厄介だ。急ぐぞ」
相変わらずモンスターより雪の方が気になるフィーナ。一方ラスウェルも、ちらつく雪がだんだん勢いを増してきていることが気がかりになってきた。
「こんなにきれいなのに......。なんでダメなの?」
「モンスターは厄介だけど、戦えばなんとかなる。でも、自然には戦っても勝てない。そもそも戦うものでもないし」
「その通りだ。覚えておくんだな」
レインとラスウェルはモンスターを倒しながらフィーナにそう言った。
「うん、わかった! 自然とは仲良くする!」
フィーナはそう言って雪が落ちてくる空を見上げると、キッとモンスターに対峙し、えいえいっと戦闘に参加した。
「すごい......。これが自然の力なんだね」
ラスウェルの危惧した通り、雪は激しさを増し、一寸先も見通せぬほどの吹雪になっていた。さすがのフィーナも、その凄まじい風雪に負けないようにするので精一杯だった。
「ラスウェル! 明かりが見えるぞ!」
真っ白な吹雪の先に、かすかに明かりが灯っているのを見つけたレインが叫んだ。
「こんなところに誰かいるのか? 妙だな......」
「このままじゃ凍え死ぬ! とりあえず向かってみよう!」
ラスウェルは、こんな雪原のど真ん中に人家があるとは思えなかった。しかし、レインの言う通り、このままでは雪に埋もれて全滅もあり得る。とにかく明かりの方へ。明かりに近づいていくと、突然その明かりが襲いかかってきた。全身に炎を纏った焔の剣士だった。まさかその明かりの正体がモンスターとは思わず、一瞬戸惑ったレイン達だったがすぐに態勢を整え、返り討ちにした。
「なんだったんだ、今の奴は」
「まあ、勝てたからよかったけど。一安心したらなんか眠くなってきた」
そう言って剣をおさめ、大きなあくびをするレイン。
「わかってると思うが、こんなところで寝たら死ぬぞ」
「えっ! 雪原で寝ると死んじゃうの!?」
フィーナは驚いた様子でラスウェルに聞き返した。
「フィーナ。レインが眠らないように頬を引っ叩いてやれ」
「うん、わかった! えーーーーーい!」
レインが死んではいけない、そう思ったフィーナはラスウェルに言われた通り、大きく振りかぶって渾身の平手打ちをレインに食らわせた。
「いたたたたっ! 覚めた! もう目が覚めた!」
パチーンという大きな音と共に、完全に油断していたレインの左頬に真っ赤なモミジ模様がついた。一休みできると思っていたレインは、休むどころかモンスターとの戦闘になるし、フィーナに平手打ちを食らうしで、散々だった。それでもじんじんと温かくなった頬をさすりながら、吹雪の中を再び進み始めた。
「結構歩いてるけど、ランゼルト遺跡まであとどのくらいだ?」
レインがそう言って進もうとすると、ラスウェルは歩みを止め、黙り込んでしまった。
「もしかして迷ったのか?」
「さっきの吹雪で方向感覚が狂っただけだ」
ラスウェルは二人から顔をそらしそう言うと、フィーナがハッと閃いたように人差し指を立てて言った。
「それを迷ったって言うんだよね!」
まさかフィーナにずばり言われるとは思わず、ラスウェルは渋い表情を浮かべた。
「......そうとも言うな」
そんなラスウェルを見てレインは、辺りの様子を調べ始めた。
「そこに雪原ラットの巣穴があるな。進むべき方向はあっちだ」
レインに言われた岩肌を見ると、確かに小動物の巣穴らしきものがあちこちにあった。しかし、だからといって進むべき方向がわかるとはラスウェルには考えもつかなかった。
「なぜだ?」
「雪原ラットは雪原の外の餌場まで等間隔で巣穴を作る習性があるんだ。だから、この巣穴を追っていけば遺跡に行くことができるはずだ」
そう言ってレインはラスウェルの方に振り向き、
「この辺にある餌場なんて遺跡ぐらいしかなさそうだしな」
とパチリとウインクしてみせた。
「すごいすごーい! さすがレインだね!」
フィーナはそう言って小さく拍手した。ラスウェルはふっと笑うと、
「なるほど。助かった。今度、迷ったときはすぐに知らせる」
と言って歩き始めた。彼が困ったときはいつもそうだった。レインは自分では気づいていないのだろうが、いつもラスウェルのミスを責めるどころか帳消しにしてくれるようなフォローを入れてくれる。そう、それこそがレインなんだと。ラスウェルは改めてそう思ったからこそ、さすが、とは口に出さなかった。