旅の目的
「フィーナは1人で砂漠に向かったみたいだ」
「また珍しい動物でも見かけちゃったのかもな」
引き返したとは考えにくい、とラスウェルは砂漠の手前に広がる荒野を見ながらそう言った。だがレインは相変わらずあっけらかんとしていた。そんなレインを見て、ラスウェルは顔を曇らせて言った。
「レイン、真剣な話だ。やはり、この旅にフィーナを同行させるのはやめよう。こんなことが続いていたら、いつまでたっても旅の目的は果たせない」
それを聞いたレインは、珍しく真剣な表情を見せて答えた。
「......ラスウェル。それは逆だ。飛空艇にフィーナが現れた時から全てが始まったんだと俺は思ってる。だから、この旅はフィーナが一緒じゃないとダメなんだ」
「お前の言いたいことはわかるが......」
「旅の目的だけのことじゃない。一度、一緒に行こうと決めたんだ。面倒でも最後まで付き合うのが筋だろ」
ラスウェルの目をまっすぐ見てそう言ったレインは、今度は背を向け、遠くの方を見ながら続けた。
「都合が悪くなったらコロコロと信念を変える......。そんな男がグランシェルトの騎士って言えるのかよ」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言い放ったレインは、そのまま砂漠の方角へと走りだした。ラスウェルは力強く走るレインの後ろ姿を見て、なんだか心が軽くなる思いがした。
「ふっ、言うじゃないか。レイン。今の言葉......。レーゲンさんみたいだったぜ」
ラスウェルはそう言うと、走りゆく男をゆっくりと追いかけた。
「勘違いするなよ。俺はフィーナと旅を続けるのは反対だ。だが、俺は迷子の捜索を投げ出したりはしない。グランシェルトの騎士としてな」
レインに追いついたラスウェルは、モンスターを掃討しつつそう言った。
「ああ、わかってるって。サンキューな、ラスウェル」
背中を預ける相棒が戻ってきて、レインの剣もより一層鋭さを増した。
「砂漠が近いのだろうな。だんだん暑くなっている気がする」
「まずいな......。フィーナは水を持っていないはずだし」
「レイン。お前も人の心配をする前に今のうちから水をしっかり飲んでおけ。そうでないと砂漠を抜けられないぞ」
コル荒野は砂漠が近いせいもあってか、近くに水源も見当たらない。物資の調達もまだだったが、水だけはまだ少し余裕があった。ラスウェルはモンスターと戦いながらも、レインの様子を伺っていた。
「おい、ラスウェル。お前の水、全然減ってないぞ。もしかしてまだひと口も飲んでないのか? どうして?」
「......別にいいだろう。喉が渇いていないのだ」
「お前、人に水をしっかり飲めと言っておいて......」
「......いいから。俺のことは放っておけ」
ラスウェルはそう言いながら、水筒をかばうように戦っていた。モンスターの襲撃もおさまり、砂漠の入口に差しかかった時、ラスウェルの歩く速度が落ちたかと思うと、そのまま崩れるように膝をついた。
「うっ......」
「おい、ラスウェル! 大丈夫か?」
レインがそう言ってラスウェルに駆け寄ると、かすかに刀を握る手が震えていた。
「お前、脱水症状を起こしてるぞ。早く水を飲め」
「嫌だ」
「はあ? どうして?」
レインの言葉を拒みながらラスウェルは、肩で息をしながら答えた。
「......砂漠ではいつ何が起こるかわからない。この水は、お前のために取っておいたのだ」
「何わけのわかんないことを言ってんだ! きっと熱に浮かされたんだな! いいから水を飲め! 早く!」
「熱に浮かされてなどいない! 俺の体よりお前の体の方が大事だ! そんなの当然のことだろ!」
ラスウェルはレインの手を払いのけながらそう叫んだ。しかし、レインは払いのけられた手をすぐさま戻し、さらにラスウェルの体に巻き付くように密着すると、声を荒げて言った。
「当然なことあるか! いいから飲め!」
「や、やめろ! 無理矢理に飲ませるな!」
密着した状態で半ば強引に水筒を口にやられたラスウェルは、その流れ込む水を飲むしかなかった。
「......なんてことを......。貴重な水が......」
「ほら、これで少しは元気が出ただろ」
レインから注がれた水が体内に吸収され、ラスウェルの顔色は瞬く間に良くなった。しかし、立ち上がったラスウェルの表情は曇ったままだった。
「......ああ。だが、もしものときの水がなくなってしまった」
「その時はその時だ。もしものことを今から考えても仕方ないだろ」
「......そうだな。......わかったよ」
ラスウェルは空になった水筒を見つめながら、渋々そう言った。目の前に広がる砂漠を目の前にして、ラスウェルはどうしても不安を拭い去ることはできなかったが、今はレインの言う通り、前に進むことにした。