ラスウェルの戸惑い
さびれた街道の先にある魔霊の森へと入ったレイン達三人。
「うわぁ、木がいっぱいだよ! ちょっと登ってみてもいい?」
フィーナが目を輝かせながらそう言うと、レインとラスウェルは制止するように彼女の方を振り向いた。
「いや、やめておけ。ここはただの森ではない。そこら中からモンスターの気配がする」
ラスウェルがそう言うと、フィーナは驚いた。
「モンスター?」
「めずらしい動物を見かけても絶対に後を追っちゃダメだぞ。ここで迷子になったら大変だからな」
レインがそう言うと、フィーナはにっこりとした表情で、
「うん、わかった。ラスウェルも迷子にならないように気をつけようね!」
と言った。それを聞いたラスウェルは手のひらで顔を覆いながら一言だけぼやいた。
「......あのなあ」
レインはそんな二人のやりとりを見て、笑いを押し殺しながら森の奥へと先頭を切って進んで行った。
「フィーナは下がってろ。怪我されると面倒だからな」
森に入るなり襲いかかってくるモンスターの群れ。ラスウェルは剣を抜いて、フィーナの前に出たが、それをかいくぐるようにフィーナはさらに前に出た。
「下がらないよ? だって、私、戦えるもん。バーンっていってドーンとやってズバッとやっつけちゃうから!」
「......頼むから大人しくしててくれ」
「ちぇ......。つまんないの!」
ラスウェルに真顔で言われたフィーナは、言われる通り、後衛へと下がった。次々とモンスターを倒していくレインとラスウェル。
「私たちって強いね! この調子でこの森のモンスターをぜーんぶ倒しちゃおう! 襲ってくる相手に容赦は必要ないもんね!」
そう言って弱ったモンスターにとどめを刺していくフィーナ。
「フィーナって結構、過激なんだな......」
レインは戦うフィーナを見て、ふと思ったことがあった。
「フィーナ、記憶はまだ戻らないのか?」
「思い出さなきゃダメ? 私、そんなに困ってないよ?」
フィーナは笑顔で答えたが、それを聞いたラスウェルは渋い顔をした。
「いや、俺たちが困るんだよ。フィーナには色々と聞きたいことがあるのだがな......」
「なんでも聞いていいよ! わかることは全部、答えるから!」
フィーナは張りきってそう言ったが、
「フィーナは記憶喪失なんだから、わからないことだらけなんじゃないか?」
とレインは言い返した。
「あっ、そっか」
そう言えばそうだったと、フィーナは笑ってごまかした。しばらくモンスターとの戦闘が続いたが、森はさらに深くなっていくようだった。
「まだ目的地にはつかないの?」
フィーナがぽつりと言った。
「ああ。大港グランポートはまだ遠い。この森を抜けたら、砂漠を越えなくてはならない。どうした? 弱音を吐きたくなったのか?」
好奇心の塊のようなフィーナもさすがにまいっただろうと思ったラスウェルはそう言って彼女の方を見ると、ぷるぷると震えていた。さすがに脅しが過ぎたか、と思ったのも束の間、
「やった! まだまだ遠いんだ! いっぱい歩けるんだ! 楽しそう!」
と言ってフィーナはぴょんぴょん飛び跳ねた。
「そ、そうか。それならよかった」
ラスウェルは安心して良いのか、あきれて良いのか、よくわからなかった。
「ねぇ、砂漠ってどんなところ?」
「見渡す限り砂しかない場所だ」
今度はレインがそう答えた。
「へー! じゃあ、砂に潜り放題だね!」
「それはまた斬新な遊び方だな」
ラスウェルはフィーナの発想に少しだけ感心した。
そうしてさらに先に進んで行くと、まるで森の出口の番人かのような巨大なモンスター、キマイラが立ちふさがった。獅子と山羊、そして竜の頭と蛇の尾を持つ異形の獣は、おぞましい鳴き声をあげながら鋭い爪を向けて襲いかかってきた。激しい攻撃をかいくぐり、確実にダメージを与えながら追い込み打ち倒すと、その先に光が強く差し込んでいる場所が見えてきた。
「そろそろ森を抜けそうだ。次はランゼルト河口か」
剣をおさめながらラスウェルがそう言うと、フィーナがあたふたとし始めた。
「どうしよう......。私、水着とか持ってないよ」
「うーん。だったら、裸で泳ぐしかないな」
「うん! そうするね! レイン、一緒に泳ご!」
冗談で言ったつもりが、フィーナのまさかの返事に思わずにやけてしまうレイン。
「お前たちが裸で泳ぎ出したら俺はグランシェルト城に帰るからな」
ラスウェルは蒼い闘気をうっすらと発しながら、真顔で二人にゆっくりとした口調でそう言った。レインとフィーナは顔を見合わせると、ただカラカラと笑った。