パラデイアの神器
レイン達三人が着実にランゼルト遺跡に近づいている頃、すでに遺跡の最奥部へと足を踏み入れた一人の黒い影。
「この忌々しい場所にあるはずだ」
常闇のヴェリアスはそう言うと、目の前の石像に暗黒の一太刀を浴びせた。何かを守護するかのように長い間立ち続けたその石像は、抵抗する術もなく砕け散った。するとその瓦礫と化した石像の中から赤く怪しく輝く光が現れた。
「パラデイアの神器......。これこそが私が求めていたもの。これがあればクリスタルの結界をたやすく破壊することができる」
そう言ってその光を手にした黒き鎧の男は、無残に砕け散った石像に背を向け、静かに歩き始めた。
「下天の時代は終わりだ。帰還のときは近い」
手にした光を掲げると、それに呼応するように左右のかがり火が激しく燃え盛り始めた。そして、掲げた光を通して天を見上げると、
「待っているがいい。愚かな我が同胞たちよ......」
と噛み締めるようにつぶやいた。
「この神殿は大昔に作られたものらしいぜ。でも、今の技術じゃ説明できないものもあるみたいだな」
ようやくランゼルト遺跡へとたどり着いたレイン達。レインの言う通り、建造物自体はあちこち崩れかかっており、数百年以上の時を経ている様子がうかがえた。
「ここにあるものを作った人たちはどこにいったの?」
「もう誰もいない。古代人は滅んでしまったと言われている」
「ふーん......。滅んだんだ......」
ラスウェルにそう説明されたフィーナは、かつて栄えた当時の様子を想像してみようとした。しかし、ゆっくりと見物するのをまるで阻むように、神殿内の機械モンスターが襲いかかってくる。
「さっきから見たことのない機械が襲ってくるぜ」
レインはこれまで数多くのモンスターを見てきたが、機械モンスターと戦うのは初めてだった。
「この機械って......」
「どうした、フィーナ。機械に見覚えがあるのか?」
「う、ううん。見覚えはないけど......。不思議なの。なんか気になるっていうか......」
そう言いながら、襲ってくる機械を倒していったが、これまでのモンスターのような敵意を、フィーナは感じることができなかった。
「ねえ、機械には心がないの?」
「そうだな。機械に心があるなんて聞いたことがない」
ラスウェルがフィーナの質問に答えるのだが、彼女にはどうしても腑に落ちないことがあった。
「それじゃ、ここの機械はどうして私たちを攻撃してくるの?」
「そういう風に作られたからだろう。古代人に」
「......そうなんだ。なんか可哀想だね。機械って」
かと言って攻撃の手を休めるわけにはいかなかった。やらなければこちらがやられる。フィーナにもそれがわかっていた。
「遺跡の奥までもう少しだ」
レインは周りの造りを見て、通路の先が土の神殿と同じように祭壇のような部屋に続いていると確信していた。
「あいつの気配がする。とても、怖い感じ......」
「恐れるな。恐れは隙を生み、死を招く」
ただならぬ気配を感じ萎縮するフィーナにラスウェルは、自分自身にも言い聞かせるように紫電を構えながらそう言った。
「安心しろよ。何があってもフィーナは守るから」
「......うん!」
レインはフィーナに向かって力強くそう言った。そして、最奥部の扉を開けようとした瞬間、中から暗黒のオーラがほとばしる。これほどまでに強大な漆黒のオーラを纏った男はただ一人、忘れたくても忘れられない。ついに追いつくことができたのだ。
「......ほう、お前たちか。まさかこの場所で会うとはな」
「意外だったか? 結構、簡単だったぜ。お前の足跡を追うのなんてな」
レインはそう言うとクリムゾンセイバーを構え、ヴェリアスに対峙する。
「......フッ。虫けらの追跡など誰が気にするか」
「その手に持っているもの......。それがお前の目的だったというわけか」
ラスウェルも紫電を構えると、常闇のヴェリアスの手から放たれる怪しい光に目をやった。
「それを知ったところで、どの道、お前たちはここで死ぬ運命だ」
「私たちは死なないもん! 逆にあなたをやっつけてやるんだから!」
フィーナもそう言って自身の弓、リンカネーションを構えた。
「せめて安らかに眠らせてやろう。我が闇の中で...永遠にな!」
そう言うと常闇のヴェリアスはさらに暗黒の力を高め、禍々しい輝きを放つ大剣を構えた。
「ラスウェル、フィーナ! くるぞ!」
レイン達はここにたどり着くまでに成長していた。初めて出会った時はその暗黒の力に手も足も出せず、なす術がなかった。しかし今は違っていた。ビジョンの力も以前より使いこなせている。触れれば弾け飛ぶような暗黒の力をかいくぐり、着実にダメージを与えていき、ついにはその膝を地面に着かせたのだ。
「やったか?」
「......いや、まだだ」
レインはそう言って自身の大剣を構え直す。
「私に膝をつかせるとは......。ここでの目的も達し、わざわざ虫けらを踏み潰す必要もないと思っていたが......。いいだろう。私の全力を受けてみるがいい」
常闇のヴェリアスはそう言って立ち上がると、さらに力を高めた。青白い閃光と共に、まるで蒼い炎のようなオーラがヴェリアスの体を包む。ただ目の前に立っているだけで身を焦がしそうな程の強烈なオーラ。三人ともその威圧感に潰されないように立っているのがやっとだった。
「なっ!? 今のは全力じゃなかったのか?」
「まだこんな力が......。こいつはちょっとやばいかもな......」
ラスウェルもレインも、必死に立ち向かおうとしたその刹那、「断罪の刻印」とヴェリアスがぼそりとつぶやく。と同時に二人とも耳をつんざくような斬撃音を聞いたか聞かずかのうちに地面に叩きつけられた。
「レイン! ラスウェル!」
一人斬撃から逃れたフィーナが倒れた二人に駆け寄る。
「愚かな。全てを忘れ、愚人に成り下がったか。だが、いずれ思い出すはずだ。そのとき、お前が立つ場所は......、果たして彼方か此方か......」
「......何を言ってるの?」
フィーナは立ち上がり、常闇のヴェリアスをキッとにらみつけた。
「......いや、どちらにしても些細なことか」
そう言うとヴェリアスは放っていたオーラを鎮め、マントをひるがえすとフィーナ達に背を向けて歩き始めた。
「今はただ、クリスタルを破壊しよう」
その一言だけを残すと、常闇のヴェリアスは姿を消した。
「行っちゃった......。助かったの?」
フィーナは呆然と消えたヴェリアスの方をただ見つめていた。すると、意識を失っていたレインとラスウェルがゆっくりと起き上がった。
「まさか。これほど力の差があるとは......」
ダメージは決して浅くはなかった。ラスウェルはゆっくりと、傷ついた体を引きずるように歩き出すと、
「......しかし、なぜヴェリアスは俺たちを生かしておいた? トドメを刺すまでもないと思ったのか?」
と言った。
「......そうかもな。悔しいぜ。ここまで完璧にやられると」
レインもかすかに震える手を抑えながらそう言うと、ラスウェルとフィーナの顔を見て続けた。
「だけどどんな理由があったにしろ、俺たちは生き延びることができたんだ。生きてれば再戦のチャンスはある。いつまでも落ち込んでいられるか」
「うん、そうだよ! 頑張ろ! レインなら次はきっと勝てるよ!」
フィーナはそう言ってぐっと両こぶしを握り、小さくファイティングポーズを取るマネをした。
「相変わらずお前たちは前向きだな。だが、今はその明るさに救われる。よし、グランポートに戻り予定通りディルナド大陸を目指すぞ。クリスタルを目指せば、必ずまたヴェリアスと遭遇するはずだ」
「ああ。そのときこそ今日の借りを返してやる」
ラスウェルの言葉を聞いて発奮するようにレインはこぶしを突き立て、
「グランシェルトの騎士として!」
といつものように真っ直ぐに言い放った。