ゴブリンの襲撃
ミトラの町を後にしたレインとラスウェルは、次の通過地点であるダルナキア洞窟へと向かった。入口が見えてきたあたりで男性が倒れているのを発見し、二人は駆け寄った。
「おい! しっかりしろ!」
レインがそう声をかけると、白髪交じりの男性はゆっくりと起き上がり、
「うう......村のみんなが......。ゴブリンに連れ去られて......」
と悔しそうに言った。
「どういうことだ? ゴブリンが人をさらうなんて......。これもクリスタルが破壊された影響と考えるべきか......」
ラスウェルはレインと目を見合わせながら言った。レインは少し考えると、男性の方に向き直して、
「大丈夫。後は俺たちにまかせてくれ」
と、にっと微笑みながら言った。
「おい、レイン。俺たちは城に戻らないと......」
「そんなことはわかってる。わかってるけど......」
レインは真剣な顔つきになってラスウェルを見つめると、さらに言った。
「だったら、ここの人たちはどうなってもいいっていうのか?」
ラスウェルはもちろんわかってはいたが、自分達の責務が優先と考え、反論しようとした。
「しかし......」
「目の前で困ってる人を見捨てるのがグランシェルトの騎士なのか? 俺はそうは思わない。俺たちの力は弱き者のためにある。違うか?」
射抜くような視線でラスウェルにそう言い放つレイン。ラスウェルはこういう時のレインは何を言っても自分の意思を曲げないということをよく知っていた。ふうっと一息吐き出すと、
「......そうだな。わかった。ゴブリンを殲滅し、村人を救出する」
と言った。レインはそれを聞いて再び子どものような表情に戻ると、
「さすが、ラスウェル! それでこそグランシェルトの騎士!」
と言った。
「茶化すな。そうと決まったら急ぐぞ」
ラスウェルがそう言うと、レインはよしっと大きくうなづき、呆然と立ちつくす男性に軽く手を振って洞窟内へと入って行った。
洞窟に入って早々、モンスター達が襲ってくる。
「まったく......。お前のお人好しにはうんざりだ」
「そう言いつつ、一緒にきてくれるラスウェルもお人好しだけどな」
「べ、別に俺は! お前と一緒にするな!」
戦いながら会話をしている二人だったが、レインに反論するラスウェルの剣先が鈍る。
「さらわれた人がいるのは最深部だ。気を引き締めていくぞ」
レインはそう言いながら先頭を切ってどんどん進んでいく。
「またゴブリンだぞ!」
ラスウェルがそう言うと、
「当たり前だろ。ここはゴブリンの巣なんだから」
とレインはあっけらかんと答えた。
「まあ、それはそうだが......。身も蓋もない言い方だな」
「まだ洞窟の半分もきていない。まだまだこいつらはいるはずだ」
レインはそう言うと、次々とゴブリン達を切り伏せながら奥へと進んで行く。
「このゴブリンども、普段より凶暴になっている。しかし、なぜクリスタルが破壊されるとモンスターが凶暴化するんだ?」
モンスターを倒しながらも、冷静に思考を巡らせるラスウェル。
「城に戻ったら早急に調べなきゃな。ラスウェルが」
「なんで俺だけで調べるんだ。2人でやるぞ。強制的にだ」
ラスウェルがそう言うと、レインはあからさまに嫌そうな顔をして見せた。が、こちらを見向きもしようとしない気難しそうなラスウェルの表情を見て、レインの脳裏に一つのアイデアが浮かんできた。
「......ふと思ったんだけど、ゴブリンって名前の響きは悪くないよな」
「......なんだ、いきなり」
「ほら、最後の『リン』って部分がなんか愛らしいというか、かわいくないか?」
「......まったく共感できないな」
レインはラスウェルがそう答えるだろうと思っていたのが的中し、吹き出しそうになるのを我慢しつつ、敵を倒しながら真剣な顔で言った。
「ラスウェル、お前もゴブリンにならってかわいい名前にしたらどうだ?」
「はあ?」
「今日からお前はラスリンだ」
レインはあくまで真面目な表情をキープしつつそう言った。
「......やめろ。本気でやめてくれ」
ラスウェルはそう言うと、何かをぶつけるようにモンスターをさらに激しく倒していった。
「いいぞ、ラスリン。その調子だ!」
「やめろと言ってるだろ!」
おふざけをやめないレインに対し、ラスウェルも閃いた。
「......だったら、お前のことはレイリンって呼んでやるからな」
「なっ!? やめてくれ! 鳥肌が立った!」
そう言って若干ラスウェルと距離を取るレイン。ラスウェルは言った後に、少しだけ後悔した。
「なんかゴブリンの数が増えてきてないか?」
「ああ。攻撃も激しくなってきた。洞窟の奥が近いってことだな」
「村の人たち、無事でいてくれよ」
そうして、ついに最深部へとたどり着いたレイン達。奥にはゴブリンの上位種、ゴブリンガードが待ち受けていた。部下のゴブリン達を従え、執拗な攻撃を仕掛けてきたが、ビジョンを操る二人の敵ではなかった。
「よし! これで全てのゴブリンを蹴散らしたぞ」
「村人たちも無事のようだ。さあ、洞窟を出ることにしよう」
奥に捕らわれていた村人達を解放するレイン達。皆救出できたことを確認したラスウェルは、
「それにしてもかなり時間を食った。もうお人好しは勘弁してくれよ」
と言った。しかし、レインの嬉しそうな顔を見るとさらにこう続けた。
「まあ、お前にそんな忠告をしたところで、なんの意味もないだろうがな」
「はは。わかってるじゃないか。ラスウェル」
村人達を引き連れて洞窟を出るレインとラスウェル。入口で待っていた白髪交じりの男性がそれを見つけると、涙を浮かべながら駆け寄ってきた。全員の無事を確認しながら、改めて安堵する村人達。
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
「うん。よかった」
何度も頭を下げてくる男性に対し、笑顔で答えるレイン。
「後は自分たちで村に帰ってくれ。俺たちは城へと急がねばならん」
そう言って村人達に背を向け、先を急ごうとする二人。すると、
「......そうだ! ちょっと待ってください」
と言って、白髪交じりの男性が引きとめてきた。
「ついさっきセイレーンの塔から、大きな光の柱が立ち上ったんです。......なんか気味が悪くて。セイレーンの封印が解けたりしてないでしょうか?」
それを聞いたレインは、黙って何かを想像し始めた。
「おいおい。まさか、また寄り道する気か」
ラスウェルはうんざりした様子でそう言った。
「もしかしたら、クリスタルが壊された影響かもしれないだろ。それに......」
そこまで真剣な顔つきだったレインは、突然スイッチが切り替わったようにゆるい表情へと変わって言った。
「セイレーンって、すごい美女だっていう話だし。もし会えたらそれはそれでラッキーって感じだと思わないか?」
ラスウェルは、やっぱりそんなことかと、手のひらで顔を覆った。
「まあ、封印の確認は必要かもな。セイレーンが美女かどうかはともかく」
それを聞いたレインの表情はぱぁっと明るくなった。
「そうかそうか。ラスウェルも美女に会いたいってわけか」
「違う!」
ラスウェルは強くこぶしを握り、顔をしかめながら強い口調で即言い返した。